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第二部 経済・社会を変える

第五章 官僚統制を完全撤廃

このままでは生き延びられない


  問題は、先に触れた戦時体制の名残として、こうした業界という枠と役所の権限が密接に結びついていることだ。
  役所に権限を与える「業法」には、業界への新規参入を制限する規定が設けられていることが多い。安全性確保とか需給関係の適正とか、理由づけはさまざまだが、ともかくその業界に勝手に参入することは出来ない。必ず、担当省庁の許可や認可、最低でも登録や届出が必要である。新たなビジネス・チャンスを狙う側からみれば、役所の規制のおかげで、新規参入が妨げられるということになる。
  そのため多くの業界では、しっかりした「業界秩序」というものが出来上がっている。自由競争によって良質で廉価な商品を供給し、同業他社を圧倒するようなことより、既存の秩序を崩さず、安定して生きていければよいということになる。また、そうした秩序がしっかりしていれば、役所も行政がやりやすい。それに、何よりも大事なことだが、業界団体に天下り先を確保することができる。
  そこで、業界秩序を乱すような異端児には、役所が自らの権限を用いて、制裁を下すということになる。一時、ガソリン・スタンドでセルフ給油が出来ないことが問題になったが、その程度のことでも、業界にとっては大事な問題である。そして、この問題でもそうだったが、所管する官庁は、よほどのことがない限り、すでに出来上がった業界秩序を崩すことを認めない。
  いわば、役所は権限を通じて業界の「護民官」になり、業界秩序を守ることによって、再就職先を確保することになっているわけである。
  こうした業界の枠は、実際には、地方の枠と結びついていることも多い。
  いくつかの地場産業では、業界の秩序は同時に地域の秩序でもある。住宅の建築費用が日本ではアメリカと比べて割高だと問題になったが、その原因の一つとして、多くの市町村が地元の水道業者にしか施工を認めないという条例を制定していることが挙げられた。安く施工してくれる業者があっても、条例で認められた業者以外に勝手に頼むことはできない。
  地域の業者にとっては、さほど努力しなくても住宅が建つたびに商売ができることになるので、こんなにありがたいことはない。だが反面では、良質廉価なサービスで自由に競争し、同業者から顧客を奪おうということにはなりにくい。
  マスコミが繰り返してきた官僚批判は実はこうした「仕切り」の構造に向けられたものが多い。「業界」というのは、結局、日本社会を細分化し、ヨソ者が入り込まないように壁を設けて、その中で仲よく暮らしていこうという組織である。そういう組織を作るのは、きっかけは戦時体制にあったものの、どうやら日本人の本能でもあるようだ。
  その証拠に、批判するマスコミ自身、別に役所が仕切らなくても、記者クラブのような枠組みを作り上げている。だが、そこに役所・権限・業法の三点セットが加われば、壁はより高く、厚くできる。役所の方も、権限を確保することで自分の組織を守ることができるし、天下り先も確保できる。
  いわば、役所という生きものは、それぞれ業法という形で触手を伸ばし、日本社会を細かく裁断して、分割して仕切っている。このままでいいのか。
  それが今、問われているのだと思う。
  こうした構造の弊害は、もう言い尽くされた感がある。改革を阻害する、政策決定の過程が不透明になる、競争を阻害するので効率が悪い、といったことである。
  役所の各部署が所管の業界しか見えないため、大局的な観点が欠けるということも、これにつけ加えていいだろう。省庁の対立が政府全体の調整を妨げていると先述したが、同じようなことは、省庁の中にもある。ここでは具体例は省略するが、「課あって局なく、局あって省なし」というのが実情なのである。
  もっとも、こうした例だけから「仕切り構造」が諸悪の根元であると決めつけてはならない。そんなに悪いものなら、日本全体にこれほど広がるはずがない。「仕切り」があるために、その日その日の事業に安心して精を出せる、あくせくしなくてもよい、という安心感が国民にあったことは否定できない。
  しかし、問題は、このままでは二十一世紀に向けて、我々は生きて行けるだろうか、ということだ。
  つまり、これまでのように「ぬるま湯の中でぬくぬく生きていこう」と考えるかどうかである。私は、もう無理だと思う。何か新しいことをやろうと思っても、何度も役所に足を運び、役人の機嫌をとり、書類を何メートルも積み上げ、何ヵ月、時には何年も待たされる。そんなことは、もう止めた方がよい。すでに、ぎりぎりの限界にきているというべきだ。

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