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第二部 経済・社会を変える

第五章 官僚統制を完全撤廃

規制が生んだ産業の二重構造


  いまの日本経済にとって規制緩和が重要であることを主張するための材料は、それこそ数え切れないほどである。ここではまず、ここ数年の円高の中で明らかになってきた日本の「産業の二重構造」の問題から考えてみたい。
  一九八五年九月のプラザ合意を一つの転機にして、当時一ドル=二百四十円だった円ドルレートは、一九九四年には一ドル百円を切るようになり、さらに九五年春には一ドル八十円台に突入するという大幅な円高になった。
  この為替レートの動きをもう少し長い期間で見ると、一九七一年までは固定為替レートのもとで一ドル=三百六十円をずっと維持してきたわけだから、変動相場制に移行してからわずか二十年ほどの間に、円ドルレートは三・五倍以上にまで高くなってしまった。もちろん、これはドルに対してだけではない。欧州の通貨、アジア諸国の通貨など、大半の通貨に対して同様な動きだと考えてよい。
  このような変化を反映して、国際的に見た日本の所得も大幅に上昇している。最近十年だけを見ても、一九八五年にわずか一万一千ドルであった日本の一人あたり所得(一人あたりGDP)は、一九九三年には三万ドルにまで上昇している。いまや、日本はアメリカや欧州諸国を抜いて、世界有数の高所得国なのである。
  こういった日本の経済発展を支えたのは、自動車、家電などに代表される輸出産業の急速な生産性の向上である。かつては一ドル=三百六十円で国際競争していたこれらの産業が、今や一ドル=百円未満で競争しているわけだから、この間の生産性の向上がいかに著しいものかがわかる。
  実際、為替がこれだけ急速に円高になったのも、基本的には、これらの産業の生産性の向上を反映したものなのである。
  しかし、このような急速な所得の向上にもかかわらず、日本国民にはそれほど豊かになったという実感がない。それが、「内外価格差」と呼ばれる日本国内の高い物価にあることは明らかである。内外価格差にはいろいろな背景があるが、ここでは「生産性の二重構造」という点をとくに強調したい。
  日本の国内物価を見ると、家電製品、自動車など、国際競争力のある産業の商品価格は海外に比べてとくに高いわけではない。価格が高いのは、住宅、食料、タクシー、高速道路、鉄道、国内航空など、海外と貿易がない産業(非貿易産業)が多い。こういった産業では、海外の企業との直接的な競争がないので、国際価格と比べて著しく高い価格であっても、海外との競争の脅威もなしに存続できるのである。
  厳しい国際競争と比べて高い生産性を誇る電機や自動車などの産業は、俗に「百二十円産業」と呼ばれる。一ドル=百二十円という為替レートのもとで十分に競争できるからだ。それに対して、流通、金融、建築、運輸、サービスなどの産業では、国際競争をする必要がないので、一ドル=二百円で計算しても海外に比べて割高であっても存続可能なのである。だから、「二百円産業」ともいわれる。このように、生産性の高い百二十円産業と生産性の低い二百円産業の区別がはっきりしていることは、わが国の産業構造の大きな問題なのである。
  二百円産業から供給される貿易できないサービスや商品は、多くの場合、国民の日常の生活に密着したものであり、その高価格が豊かにならない生活の原因となっている。円高で所得が上がっても、物価が高いので、豊かになった実感が湧かない。競争力のある産業が生産性を上げていけばますます円高になり、その結果、国内型の産業の価格や料金はますます国際水準から取り残された高いものとなってしまう。
  あるエコノミストは、こういった状態が続けば、競争力のある自動車や電機は円高に嫌気して海外へ出ていってしまい、日本国内には競争力のない国内型の産業だけが残ってしまうという議論さえ展開している。
  国内産業がなかなか活性化していない状況の背景には、明らかに規制がある。農業、建設、交通サービス(航空、鉄道、タクシーなど)、運輸、通信、金融などが、国際競争力から取り残されつつある代表的な業種であるが、これらの産業が抱えている問題の多くが、規制と大きなかかわりをもっていることは、すでに多くの識者が指摘している。

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