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生きた政治学ノート


(2)護憲勢力と改憲勢力の対立
 戦後日本の政治は、「護憲」対「改憲」の構図で大方が説明できる。かつての世界の東西陣営対立と表裏一体をなしてきたが、冷戦終結後もメンバーの入れ替えは多少あるものの、この構図は未だに根強く残っている。

護憲勢力とは―
 まず護憲を主張する人々は、「憲法は戦前の軍部の暴走や敗戦への反省から出来たものであり、二度と過ちを犯さないためにも、指一本触れてはいけない。」と述べる。いわゆる「不磨の大典論」である。憲法の基本原則は「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」と指摘されるが、護憲勢力は特に、第9条の戦争放棄条項が、世界の憲法の中でも貴重な存在であるとして、強力に擁護している。旧社会党や今の社民党が代表選手だが、共産党は当面護憲を主張しつつ、政権をとった後は、共産党綱領に沿った新憲法制定も視野に入れている。

改憲勢力とは―
 一方の改憲勢力は、次の2つの理由から「自主憲法」を制定すべきと主張する。 ひとつは、現行憲法はGHQ(占領軍総司令部)から押しつけられたものだから、日本人が自らの手で作り直すべきという考え。「押し付け憲法論」といわれている。
 もうひとつは、憲法というのは国民生活を向上させる道具だから、時代の変化や国際情勢の変化、国民のニーズの変化によって、不断に見なおすべきという考え。「憲法道具論」ともいえる。自民党議員の多くや自由党は、その代表選手である。
 *なおそれらの中間にいる民主党や公明党は、内部に改憲論者と護憲論者を抱えており、現状ではあえて意見集約を行なっていない。かれらが自らの立場を説明する時に使う言葉は、「論憲」とか「創憲」である。

(3)憲法調査会の発足とその議論
憲法調査会の発足―

 東西冷戦の終結や自社対決構図の消滅、さらには野党第一党がコチコチの護憲勢力でなくなったため、憲法を「不磨の大典」とせず、改正も視野に入れた議論ができる環境が整った。平成8年には、自民、民主、公明、自由各政党の有志議員によって、「憲法調査委員会設置促進議員連盟」が結成された。12年1月には衆参両院に、他の委員会と横並びの「憲法調査会」が発足した。但しここではあくまで「調査」のみを行ない、改正に向けての意見集約は行なわないという、制約された委員会である。しかし制定後53年にして、はじめて国会で憲法論議する場が出来たことは、大変画期的である。

「押しつけ憲法」かどうか―
 憲法調査会の議論は、まず制定過程の検証からはじまった。当然護憲勢力は「押しつけでなかった」と主張し、改憲勢力は「押しつけだった」と反論。議論は平行線のままだった。次に憲法のどこをどう改正すべきか、所属議員が自由に述べる機会が用意された。ただその際も、議員同士が意見をたたかわせる場面が少なく、言いっぱなしになった嫌いがある。今後は幾つかの試案を取りまとめて、さらに議論をたたかわせる必要があるのではないか。

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