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* 第2章:戦争の放棄…
第9条は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。前項の目的を達成するため、陸・海・空軍その他一切の戦力はこれを保持しない。」という有名な条項だ。
自衛隊は合憲
この中で「国際紛争を解決する」というのは、自らの判断で行なう侵略戦争のことを指すと解釈される。したがって侵略戦争ではなく自分の国を守る自衛戦争のためならば、武力の行使は許されるという解釈が成り立つ。また「前項の目的を達成するため」は「芦田修正」といわれるが、国際紛争を解決するという目的を指す。したがって自衛戦争のためならば、戦力すなわち自衛隊を持てるという解釈が成り立つ。しかし解釈に解釈を繰り返して、ようやく自衛隊が憲法に違反しないという説明は、あまりにも分かりにくい。
個別自衛権と集団的自衛権
改正の方向としては、「個別的自衛権」(自国は自分たちの力で守ること)を行使できることや、自衛隊が合憲であることをストレートに表現すべきだ。また自民党の一部には「集団的自衛権」の行使も出来るようにすべきだとの考えもある。 「集団的自衛権」とは「自国が直接の攻撃にさらされていないにもかかわらず、同盟関係にある国が第3国から攻撃を受けたときは、第3国を攻撃することができる」という権利である。日米同盟関係にあてはめると、アメリカが第3国から攻められたときに日本が第3国と一戦を交えるということ。もちろんアメリカ本土まで出向いていって、アメリカを助けるということは考えにくいが、例えば日本近海で在日米軍が攻撃された時に、彼らを守るために限定的に武力行使することは考えられる。
長年、日米安保条約が「片務制」であったことを反省し、部分的ながら「双務制」に移行することは、両国関係にとって大きな前進ではある。しかし私は国民感情や理解度が十分に整っていないため、時期尚早であると思う。
集団的安全保障とは
一方、安全保障の3番目の考え方である「集団的安全保障」の概念は、憲法に盛り込んでもいいのではないかと思う。
「集団的安全保障」とは国連のような多国間組織の中で、世界秩序を乱そうとする「ならず者国家」に、加盟国みんなで武力行使も含めた制裁を加えることである。
集団的安全保障の理想型は「国連軍」の結成だが、ほとんどが「多国籍軍」の結成で対応してきた。国連軍への参加は国権の発動ではなく、国際紛争を解決する手段でもないため、第9条の条文のままでも対応が可能であるという意見もある。
安全保障基本法
一方民主党や自民党の一部には、自衛隊の存在を積極的に認める「安全保障基本法」を別につくって、第9条そのものは変えなくてもいいのではと主張する向きもあるが、最高法規である憲法そのものに規定しなければ、安定性に欠ける。
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